いったい何人葬られていたか

吉胡貝塚の人骨の出土数についていろいろ聞かれますがいつも口ごもります。日本一などと形容されるものの、いったいどれだけ見つかっているのか。これまでは300体以上、340体以上などとあいまいな言い方をしてきました。それは、本来解剖学的な配置を保ち埋葬されているものを1体とカウントすべきなのですが、次のような場合があり、個体数の把握が困難であるからです。

再葬

骨となった遺体を掘り出し、穴や土器に入れさらに葬る。1体、複数の場合もあり、ばらばらになっているため、複数体埋められた場合、正確な個体数を識別できない。また、焼いた骨の場合、どの部位かわからない状態で破損しているため、個体把握がほとんどできない。

散乱骨

貝層中に部分骨が単独で見つかる。理由は不明だが、①再葬の際の取り残し、②あらたに埋葬する際に前の埋葬人骨を偶然掘ってばらばらにしてしまった。そうなると、点数では10点あってもそれが1個体なのか、複数個体なのか、すでに人骨としてカウントしたものの残りなのか、その識別は、ほぼ無理。

土器棺墓

大きな土器の中に、幼児や骨となった遺体を入れるのだが、明らかに埋葬にの場合でも、骨が解けて残っていないことが多い。

土坑

人骨が残りにくい場所(地質)に葬られ、発掘時に人骨を確認できない。(この場合、中の土を分析することによってわかる場合もある。状況的に他の事例と照らし合わせ、穴の形、遺物の出土状況で墓と判断する。)

その他

記録はあるものの、現存しない。調査時に不明人骨をまとめたもの。したがって複数なのか、単独なのか、また他の個体からの混ざりもある。

以上のことから、正確な個体数把握は難しいことがわかると思います。とはいうものの、数字で表すことによって具体的なイメージに繋がることも事実であるので、ある前提のうえ最小の個体数としてこれだけ、としておくこともあながち無意味ではないと思います。

  1. 過去の記録があるものは採用します。大正時代の調査では、発掘直後の数が整理後に変更されていますので、その場合は整理後の数を採用します。
  2. 報告書に記載されている場合はその数を優先しますが、その後の整理で数が変わった場合、正当な理由がある場合は採用するが、不明な場合は採用しない。
  3. 分骨でも、報告書で個体チェックをしたものはカウントします。(例58年度調査分)そこで、次のように数を割り出してみました。

総数362体

現在、吉胡貝塚で見つかった人々の最小個体数を表すもの、として理解下さい。

大正11・12年 312体(土器棺内の人骨も含む)
昭和26年 埋葬人骨・土器棺墓内33体
昭和58年 散乱骨 2体分
平成3年 耕作中に出土した1体(鎖骨・指骨・脛骨ほか)
平成13~18年度 埋葬人骨12体(うち2体は埋め戻し)
土器棺墓内2体(土器棺7個体のうち確認できる体数)

あくまでも発掘され現在残っている人骨数は、葬られた人数とは同一ではないことを認識する必要があります。すべての人が埋葬されたとは限らないこと、乳・幼・小児の死亡率が高かったはずなのに、発見されることが大人に比べ少なすぎるため、残らなかった可能性のほか、何らかの別の葬り方があったことも考える必要があります。

吉胡貝塚では、縄文時代の貝塚遺跡で埋葬された人骨の発見数が一番というのが正しい表現です。田原市民として自慢できるかもしれません。しかしこの数を他の遺跡と競争するのは、縄文人骨が見つかったことだけであって、今後他の場所でも全面発掘をしたら、もっと出てくるかもしれませんので、一番、二番と細かなところで争うのは?です。その競争より、吉胡貝塚になぜこれだけの縄文人が葬られた時代の背景、文化をしっかり突き止め、吉胡貝塚の人々、ひいては田原市の文化の特徴を見極めるほうが大事でしょう。

人骨の数、遺跡(墓地)の大きさ、価値の順位付けではないのです。

写真の説明


H17年3号:りっぱな埋葬された人骨

H16年1号:不規則に集まったように見えます

H16年2号:屈葬ですが変な姿勢なので、わかりにくい

土器棺:わずかに乳児の骨が見えます。


ふろく

縄文人の身長の求め方

骨となった縄文人の身長は、残された骨で身長が推定されています。1984年伊川津貝塚、平成17年、吉胡貝塚で見つかった大人の人骨を例に縄文時代の身長を推定してみましょう。

・ピアソンの公式

(a式 推定身長(cm)=81.036+1.880(大腿骨最大長(cm)))

・藤井明の公式

(男の推定身長(㎜)=2.47×右大腿骨最大長(㎜)+549.01)
(女の推定身長(㎜)=2.24×右大腿骨最大長(㎜)+610.43)

  伊川津16号(男) 吉胡4号(男) 伊川津17号(女) 吉胡3号(女)
右大腿骨 424㎜ 右大腿骨 405㎜ 右大腿骨 405㎜ 右大腿骨 378㎜
ピアソンの公式 160.748㎝ 157.176㎝ 157.176㎝ 152.1㎝
藤井明の公式 159.629㎝ 154.936㎝ 151.763㎝ 145.715㎝

それぞれの方法で、このような違いが出ましたが、いずれにせよ当時の身長は低かったようですね。


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